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吹奏楽部 〜受け継がれる農二サウンド〜
1962年、開校とほぼ時を同じくして創部した吹奏楽部。以来47年の歴史の中で、音楽を愛する1000名近いOB、OGを輩出してきた。まさに「音楽のある街・高崎」にある学校の吹奏楽部らしく、輝かしい歴史と伝統を築いている。本特集では吹奏楽部の歩みを紹介。そして、現在プロとして音楽界で活躍する白石法久さん(37期生)を取材。吹奏楽部の思い出や現在のことなどをお聞きした。
白石 法久(37期生)
プロフィール
武蔵野音楽大学卒業。
第13回日本クラシック音楽コンクール全国大会 最高位。
第10回びわ湖国際フルートコンクール・アンサンブル部門 最高位。
第13回びわ湖国際フルートコンクール・ソロ部門 ファイナリスト。
第12回日本フルートコンベンション・デュオ部門 第1位。
第13回日本フルートコンベンション・ソロ部門 セミファイナリスト。
第6回日本現代音楽コンクール ファイナリスト。
第20回宝塚ベガ音楽コンクール ファイナリスト。

これまでソリストとして東京ニューシティ管弦楽団、武蔵野音楽大学管弦楽団と協奏曲を共演。フルートを甲斐道雄氏に師事。さらにオーレル・ニコレ氏のもとで研鑽を積む。室内楽を岡崎耕治、ウルフ・ローデンホイザーの両氏に師事。現在ソロ、室内楽、オーケストラを中心に活動中。また、日本マーチングバンド指導者協会1級指導員としてマーチング指導やドリルデザインも行っている。
卒業後もフルートを吹いていたかったから

仕事にした・・・・・・・・・・

 「部活を引退して、中・高校とフルートを一生懸命練習してきた日々がなくなってしまうのが嫌」で、音楽大学に進学したという白石さん。幼いころから英才教育を受けてきた同級生と比べると、有名なクラッシックの曲も知らなくて、教授にも驚かれたという。しかし遅咲きでもフルートへの思いは強く、人一倍練習に励み、数々のコンクールに入賞し、プロの道を選択した。
 「オーケストラへの入団が理想ですが、日本のプロのオーケストラはわずか二十数団体。採用があっても、欠員を埋める程度で、倍率は百倍以上ということもあります」。
 現在はフリーランスで要請のあった楽団等で演奏活動を展開している。「求められるレベルに100%応えることはもちろんですが、僕ならではの個性をプラスできるよう心がけています」。どんな現場にあっても、臨機応変に対応できるよう、常にアンテナを立てておくという。
 白石さんは、マーチングの指導員免許も持っており、2007年から中之条中学の吹奏楽部を指導。2年目にしてマーチングの全国大会初出場で金賞受賞に導いた。
 「音楽に親しむことは人生を二倍楽しむこと。部活で終わらせず、一生楽器演奏を楽しんだほうがいいと思います」と話す。
現在も音楽を楽しんでいるOBたち
The NOB Takasaki Brass Band 代表
高橋 亮也(27期生)
あのときの高揚感よ、もう一度!
 中学で吹奏楽部に入部して以来24年間、バストロンボーンを吹き続けている 橋さん。「ギターやピアノと違って、一度に一つの音しか出せないので、皆で音を出し合って一つの曲を作り上げるバンド活動が楽しく、仲間との絆を強く感じます」と話す。コンサート前は1日2〜3時間の練習を週2〜3日行うので、仕事との両立は厳しいが、コーチングやコミュニケーションを図る部分では、バンドで培ってきたものが仕事の場面で多く役に立っている。
 高校3年のときのマーチング関東大会では、舞台に立っていた全員が全国大会出場を確信した最高の演奏ができた。「あのときの感動は今でも忘れられません。あの高揚感をまた感じたくて、ずっとバンドを続けているのかもしれません」と、ちょっとかっこいい。
The NOB Takasaki Brass Band メンバー
近藤 幸治(15期生)
近藤 祐太(45期生)
父の念願! 息子とのバンド共演
  幼い頃から農大二高のマーチングに憧れており、マーチングスネア(小太鼓)がやりたくてパーカッションに入った祐太さんは、「第51回定期演奏会で、悔いの残らない演奏が出来たこと」を高校時代の一番の思い出として、この春大学へ進学する。卒業を控え、父親の幸治さんの所属するOBバンドに出演し「学生とは違う円熟味のある楽器の音に、人間性やキャリアの違いを感じました」と話す。
 父親の幸治さんは、祐太さんとの共演が本当に嬉しそう。祐太さんが通っていた幼稚園のマーチング演奏にかなり肩入れし、祐太さんが好きになるよう仕向けた(?)張本人である。年齢差は30歳。幸治さんの時代は、マーチングドリルの草創期。「県大会で代表になれなかったのが悔しくて」ステージでのマーチングドリルを本格的に立ち上げた。指導者もなく、フォーメーションは自分たちで試行錯誤して形にし、それが今日の基礎になった。「いろいろな音楽に出会って、自分が本当にやりたい音楽を見つけてほしい」と祐太さんの今後にエールを送る。
マーチングバンド「横浜ロビンズ」メンバー
渡辺 牧人(43期生)

向かって左が渡辺さん
世代を超えて人の輪が広がる
 昨春農二を卒業し、埼玉の大学に通う渡辺さんは、マーチングを続けたくて、高崎マーチングフェスティバルにも参加する『横浜ロビンズ』という一般バンドでは全国でも有名なマーチングバンドに所属し、週末は横浜まで練習に通っている。
 『横浜ロビンズ』は、横浜の小学校のOBたちが結成し、今年20年を迎える。メンバーは中学生が一番多く、大学生や社会人などもいて、初心者でも楽しく参加できる。渡辺さんの楽器はチューバ。「様々な世代のメンバーがいて、新鮮であり、刺激も多い。バンドは一人でやれないからこそ楽しく、個性ある音色が集まって一つの曲を作り出す素晴らしさこそ醍醐味」とバンドの活動を楽しむ。そして「音楽を通じ、多くの仲間を得ることができました。なんでも相談できる友は宝物です」と話す。将来、バンドの指導者になりたい渡辺さんにとって、「横浜ロビンズ」での活動は、貴重な経験となっている。
1962(昭和37) 創部
1965(昭和40) 第1回定期演奏会
甲子園出場を記念して市内パレード。ドリルの第一歩となる
1967(昭和42) 第6回定期演奏会でステージドリル登場
1968(昭和43) 関東吹奏楽コンクール初出場
1969(昭和44) 火災により部室消失
1975(昭和50) 関東吹奏楽コンクールで初の金賞を受賞
1983(昭和58) あかぎ国体に参加
1988(昭和63) 第1回全日本マーチングフェスティバルに出場し、最高賞である優秀賞を受賞。
1991(平成3) OB金管バンド(現在のThe NOB Takasaki Brass Band)、結成
1993(平成5) 第6回全日本マーチングフェスティバルでグッドサウンド賞を受賞。
この年、コンテストの部・フェスティバルの部全ての部門で賞を独占
2001(平成13) 創部時より部の発展にご尽力いただいた熊井正之先生、退任
現顧問・指揮者 樋口一郎先生、就任
2004(平成16) 第17回全日本マーチングコンテスト フェスティバルの部「金賞」
※この年から大会名が変更になった
2007(平成19) 第20回全日本マーチングコンテスト「金賞」
※この年からパレードコンテスト部門のみに一本化
第31回全日本アンサンブルコンテスト 打楽器八重奏「銀賞」
第50回定期演奏会 2日連続3回公演を実施
2008(平成20) 第21回全日本マーチングコンテストに第1回目から連続出場
※ 第4回以降、3年連続出場した翌年は出場できない規定が設けられ、平成6、10、14、18年は出場していない。

第1回定期演奏会

関東吹奏楽コンクールに初出場

初めての全国大会となった
第1回全日本マーチングフェスティバル
(昭和63年)

全部門で賞を独占した
第6回全日本マーチングフェスティバル
(平成5年)
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