・2009年度・更新されました

  ・会長インタビュー
  ・同窓会会則

  

会社経営も同窓会活動も
人との出会いがあるから
大切にしたいと思う

嶋崎 昭彦(1期生)
富士興発(株)代表取締役
前同窓会首都圏支部長

 平成11年に設立された首都圏支部の初代支部長として昨年6月までご活躍いただいた嶋崎さん。首都圏在住の同窓生への呼びかけや総会の開催はもちろんだが、野球観戦や漫才(大衆芸能)など多彩な活動を取り入れて支部を活性化した立役者だ。
 嶋崎さんは大学卒業後、リゾート開発会社に入社、4年後の昭和48年に東京で富士興発(株)を創業した。「いつかは故郷でリゾート開発事業を」と考えているが、多くの知己を得た東京をなかなか後にはできない。
 スポーツ界や芸能界など幅広い交友は、仕事を通じて知り合った漫才師の青空千夜・一夜さん(共に故人)にヤクルトの船田選手を紹介され始まった。当時、二人の農二出身選手(高仁・阿井選手)がいたこともあって更に交流が深まり、若松勉さん(前ヤクルトスワローズ監督)や大矢明彦さん(元横浜ベイスターズ監督)と出会うことになった。
 「同窓会は郷愁を誘う気持ちの良いところ。しかし若い人たちを惹きつけるには、ビジネスや人脈形成の場という考え方をもっと取り入れても良いと思う」と同窓会活動への持論を語る。「いつまでも爽やかに人と地域に触れ合っている自分でいたい。そのために同窓会にも積極的に協力したい」と話す。


ファッション業界の寵児は
社員から“明さん”と
慕われるよき兄貴

櫻井 明(18期生)
有限会社ハートマーケット 代表取締役

 現在13店舗を展開するハートマーケット。女性に人気のセレクトショップとして、順調に成長を遂げている。櫻井社長は、ファッション業界でも注目を浴びている経営者だ。
 櫻井さんは意外にも農二時代は陸上部に所属し、投てきの選手だった。現在の細身な体からは想像できないが、数年前までは体重が100キロ以上あったそうだ。35キロのダイエットは、若い社員に対して“有言実行”を示した証し。社長自らが範を示した。
 高校時代は、決して真面目ではなかった。退学寸前に陥ったこともあったが陸上だけは続けていて、県でNO1にも輝いた。元来の「一つのことに没頭する性格」が、投てきにも会社経営にも通じているようだ。
 友人に「好きな事やっていて羨ましい」と言われるが、「世の中の厳しさを実感してきたから、この仕事にしがみついている。もし、自分の仕事が好きな事でないのなら、すぐにでも止めた方がいい」と話す。
 現にここまでには多くの苦難があった。最初の事業は失敗して、借金を背負った。再起をかけて『ハートマーケット』を立ち上げた。「社員にもお客様にも“心の市場”を広げたい」そんな思いを込めた会社であるが、まだまだ夢の途中。更なる飛躍を期している。


教育実習の先生との
出会いが開いた
日本画家への道

上野瑞香(29期生)
日本画家

 高2時の教育実習の先生との出会いが上野瑞香さんの進路を決めた。美大で日本画を専攻する先生の話を聞いて、それまで普通の大学進学を考えていたが、急きょ進路変更。放課後は美術の予備校にダッシュする日々が始まった。
 縁あって開かれた日本画家への道。東京藝術大学で大学院まで修了し、現在は東京と群馬、2つの拠点で活動している。特に群馬では2005年にギャラリーをオープンし、「意外と知られていない」現代の日本画をもっと知ってもらおうと、5月には学生時代の日本画クラスの6人展を開催した。6人それぞれ、全く違うモチーフや作風で集まり、「日本画」というジャンルの奥深さが好評だったという。色とりどりで鮮やかな題材を選んでも、画材の特徴でどこか穏やかな表情の作品に仕上がるのが日本画の魅力のひとつだ。
 ギャラリーは切り絵作家の母、保子さんとの2人の作品を展示するために建てられたもの。現在展示中の作品は2人とも富岡製糸場跡を題材とし、保子さんの力強い切り絵の合間に、瑞香さんの、温かな手触りまで感じられそうなレンガの絵が並ぶ。切り絵と日本画を分けることなく、違和感のない構成で空間を作りあげている。


音楽一色だった
高校生活を経て
ピアニストに

沼倉晃子(35期生)
ピアニスト

 平成17年の「ぐんま新人演奏会」に合格し、活躍の場を広げるピアニスト沼倉晃子さん。
 農二を選んだ決め手は「部活!どうしても農二の吹奏楽部に入りたかったから」。部ではフルートとピッコロを担当。かけがえのない仲間たちを得て「部活中心」の高校生活を送る。もちろんピアノも続け、「寝ても覚めても音楽一色の毎日だった」と笑う。現在はOBバンドに入り、当時の指揮者の熊井先生とともに吹奏楽を続けている。現役時代と変わらない先生の若々しさには、今でも元気をもらっているそうだ。
 農二卒業後は新潟大学に進学。いよいよ専門的なピアノの勉強をするようになって「自信がなくなってしまった」。4歳でピアノを始めてから、ずっと好きで好きで弾いていたのに、他人と自分を比較してしまい、弾けなくなりそうになったこともあった。でも自分の音楽、好きな音を出すためには、どんな肩書きも必要ないと思った頃から、また弾けるようになったという。
 現在は東京や高崎でピアノ講師をしながら、積極的にオーディションを受け、演奏会などで活躍している。一番近い目標は、高崎のシティギャラリーで5月27日に行うリサイタル。「みなさん、ぜひ来てください」。

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